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祈り

.03 2017 日記 comment(1) trackback(0)
救急車のサイレンが少しずつ近づき、やがて自宅の前で停車する。私は自宅に併設された会社の事務所の椅子に力なく腰かけたまま、救急隊員を待つしかなかった。痛みは何処にも無い。ただ右腕と右足に痺れ。そして何よりも驚いたことに言葉が出なかった。私の口から出る言葉は、いや言葉ではなく、だらしなく響く犬のイビキのような、或いは唸り声だった。

 何かを伝えたくとも言葉にならない。アウアウ、を繰り返す私は遂に自分にもこの恐れ続けた瞬間が訪れたことを認めざるを得なかった。

 父親が糖尿病に起因する脳梗塞で亡くなり、母が一人で暮らすようになる。放っても置けずに母の家で週に二日ほど寝泊まりをするようになり、やがてそれが三日、四日となり母が寂しがるため、ほぼ毎日寝泊まりするようになっていく。
母の家の二階の部屋を好きなように創って寝ていたある雨の夜、ビシビシとガラス戸を叩く物音に飛び起きた。何か獣が唸るような声が聞こえ階下へ駈け下りた。そこに見た光景は母が何か声を発しながら硝子戸を二尺ほどの鯨尺で叩く姿だった。

 おかん、どないしたんや?
 アガ アゴ アグ…
 わかった、わあった。しっかりしーや!今、救急車呼んだるからな!

あの夜もそぼ降る雨の中、母の背中をさすりながら玄関先で救急車を待った。暗夜の中を救急車のサイレンが遠くから近づいてくる。やがて家の前で総ての音が停止して、リヤゲートを開ける音やストレッチャ―を押す音、救急隊員が無線で到着を通信する声などが聞こえた。
暗夜を救急隊員がカタカタとストレッチャーを押す音と、事務所の椅子に座る私を乗せるために近づいて来るストレッチャーの音が重なり合い、私を現実に引き戻した。
救急隊員の呼びかけに上手く応えられない私自信に焦りを覚えながら、頭の中をある三文字がよぎった。脳梗塞、それは父母の命をさらっていった私の家に代々伝わる業病としての病名だった。

救急車と共に到着したのはドクターカーだった。誰が医師なのかも分らなかったが、数名の隊員が飛び降りる。待っていた家内に時系列順に私の今朝からの状態を聞き出す。そのときに家内が伝えたことははっきりしていた。過去に医師にCTとMRIの診断で脳梗塞が少なからずあると言われてこと、糖尿病であること、血圧が高いこと。医師か隊員はそれらの事項をほんの数秒で把握し、点滴を始めた。私の記憶は飛び飛びになっており、医師に処方されている薬以外に常用するサプリメントを聞かれて、回らない舌で根昆布茶だとか、アクエリアスだとか答えている。これには医師か隊員も持て余し、話を切る。その他に覚えていることと言えば救急車のサイドウィンドウの隙間から見える白い雲が流れていく様子を漠として眺めながら、おかん、俺もおかんみたいに死ぬんやなぁと言うわりと冷静な感情だった。

ドクターカーと救急車が巨大な救急病院に横づけされると隊員がリヤゲートを開ける。救急車のストレッチャーに固定された私が降ろされると辺りの一般の人や外来患者の方々が、モーゼの十戒の映画のワンシーンのように通路を割り、救命救急室へ繋がる一本の道を作り上げる。点滴の管を伝って落ち続ける薬液が美しい雨だれのように見えた。

幸い私の病状は手当てが早く、詰まった血栓も上手く溶け、高脂肪で動く身体は何とか回復した。動かぬ右手、動かぬ右足、それに叫ぶしかできなかった口は、現在は完全に機能していている。

私は薄れゆく意識の中、救急車の中で何かを感じ取っていた。何を感じていたのかはっきりしないのだが幽体離脱などの類ではない。口にしたことは、どうかあと15年は生かして下さいと言う非常に慎ましやかな願い。神や仏に願うのではない。脳梗塞で死んでいった祖父、父母、そして名は出せぬが悲しい死に方をした友人に対して、母を亡くしている上の二人の孫たちの為にあと15年は生かして下さいと祈っていた。

15年という年月を生かせてもらえるのかどうかは分らぬが、少なくとも今は命は保たれた。それは当然、先進医療の賜ものであり、医師、看護師、救急隊員、技師、その他の多くの医療に携わる方々の誠心誠意の治療と看護のおかげであって、ご先祖さんがどうだこうだと言う問題ではない。しかし、人は自分の力だけではどうにもならないとき、素直な気持ちで祖先の御霊に祈ることに気が付いた。神仏を全く信心しない私のような輩でも祈るしかない無力な存在であることに否が応でも気づかされ、そして祈り続けた。

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2018.02.25 22:51

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