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正月

.09 2015 日記 comment(1) trackback(0)
元旦は家族全員で我が家の氏神である北小栗栖天神宮に初詣に出掛ける。宮司さんの祝詞は8時30分から始まるので7時30分には栗東のインターを潜らねばならない。今年は生後半年になる双子の孫も連れて行った。

京都の氏神さんからの帰宅後はお節料理や雑煮、お屠蘇で我が家は賑わうのであるが、このお節料理とはこれまた不思議な日本の風習で、この家でも嫁達が代々に渡って伝えてきた、内山家なりのお節料理を頂き、新年を祝う。



嫁ごとに重箱の中身も変わって来た。

本来、お節料理にはすべての料理に意味があることで変わることが可笑しくもあるが、しかし何処かの泥田で育った由緒あるクワイには誰も箸を伸ばさない。こういった物は翌年からは重箱に入らない。



今年も当代の嫁の拵えたお節料理が重箱の中に入り、先代の嫁(私の母親)の物とは似てはいるが少し変わっているところが見て取れる。そして若嫁がまたそれを習い、若嫁なりの新しい形のお節料理が作られていく。



そう言えば先代の嫁(私の母)の生存中は母と、他家に嫁いだ私の姉と、私の妻がそれぞれの得意の料理を作り、分け合っていたため、随分豪勢なお節料理であった。

その母も三年前に亡くなり、姉は京都に住まい、年末の慌ただしい中でのお節の交換はかなり減り、必然的にお節料理の重箱も6段重ねと数枚の鉢で事足りるようになった。



私も母が亡くなって以来、正月には家族全員で国内での一泊二日程度の小さな旅をするようになる。「千里の旅、万書に能う」を気取るわけでは無いが、栗東の家に帰ってから、その旅の1シーンを家族の皆が懐かしめる旅を心がけている。

お節料理も少しづつ変化し、三賀日の過ごし方も少しづつ変化して行くようであるが、日本人としての正月の有り様はぶれてはいないつもりでいる自分に可笑しみを覚える歳になったようである。

ながた ひとし
なんか、高校とか大学入試の現代国語に使えそうな文章ですね!(^_-)
2015.01.20 12:31

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