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逍遙庵主の超短距離街道を往く 電車で早くお家に帰ろうバージョン(4)

.10 2014 逍遥記 comment(0) trackback(0)
 次に電車が入って行くのは草津駅。草津線乗り換えの駅。1日27,435人の乗降とあるがこの数字も年度不明。島式のホームが3面で6本の線路が入る。私はここで草津線に乗り換えたかった。
 普段なら守山駅までそのまま乗ってタクシーで帰るのだが、本気で栗東に住むのに駅からタクシーしか帰り方を知らないのも如何なものかと言う、どうでもいいような理由が原因だった。
 地図で距離を測ると何やら単線の線路が草津駅から延びている。石山駅のように何処かの工場に入っていくのかなと、たどってみれば柘植というところまで続いている。そこから左右に分かれまだまだ先があるようだが、そこまで追跡する理由もないのでこの辺りでやめるのであるが、これが草津線と言う立派な路線であることを初めて知った。
 しかも、うちの栗東の家から1キロ半ほどの場所に草津駅を出発して初めての駅として手原という駅まである。
 早速ママチャリ改27段変速機付きで確認しに行けば、なんとも可愛い尖り屋根の瀟洒な駅があった。いつかこの駅から出てくる自分を想像し「おー、滋賀人やー。」と悦に入る。
 この駅から出てくるためには草津駅で貴生川・柘植行きの電車に乗り換えなければならない。草津線の最終列車に間に合うかどうかが気になって、首がどうにかなるんじゃないかって思うほど回してみた。すると1番か2番ホームかは分からないが草津線であろうホームに電車が待っているのが見える。
 抹茶色の鉄人28号みたいな無骨な車体。これや、これや、これが滋賀の田舎を走る鉄道の真の姿や。しかしこの列車は23時54分発。私の乗る新快速はすでに15分遅れで12時を10分ほど回っている。この緑色の鉄人はここで連絡する新快速が来るまで待ってくれてるんや!なんて優しい。
 私はこの鉄人見かけは強面なのに、その優しさが好きになり調べてみると、近キト117系と言い1979年に登場した近郊型の列車とのこと。現在はJR西日本に残るのみだそうである。
 ホームの天井から草津線発車しますと乗客を急かす声が降ってくる。慣れない私は前の人を掻き分けて進もうとするが、どういう訳か皆さん急がない。
 エスカレーターで上がる私の目の前にはミニスカートの小さな布きれが形の良いお尻を包んでいるお嬢さんがいる。なんかえー日やったなぁ…などと嬉しくもあったがしかし、ちょっとでも擦れて「キャー!」なんて叫ばれて痴漢扱いされたら一生がその瞬間で終わってしまう。

 後ろの奴、押すなよ・・・押すなよ・・・急ぐ気持ちは俺も同じやけど、擦れでもしたらえらいことになるやないかい!

 電車通勤のサラリーマン諸兄の通勤時の難儀を痛く理解できた。ラッキーなんかじゃない、これはアンラッキー!

 そんなくだらないことを考えながら流されるままに流れて行くと、そのまま草津線の鉄人28号に呑み込まれて行った。出発時刻は既に過ぎていることは既に書いたとおりだが乗客がホームにいなくなるまで発車しない。改めて真夜中の鉄道の優しさに感動した。
 数日前にはJR 福知山線の脱線事故当時の社長など約3名が起訴だとか不起訴だとか、またこの草津線には支線として記憶に生々しい大事故を起こした信楽高原鉄道の台風被害による廃線の是非についての報道を目にしたがここはそんなこと無関係のように列車と乗務員の、これ乗客への緩やかな思いやりに溢れている。

 アルミを使わないこの鉄の塊のような車両は昭和の遺物。乗客も和やかに談笑している人が多い。2名づつ人が向かい合あわせに座るボックスタイプの座席。いや、オーバーな表現じゃなく、ほんまに遠足にでも行くような、そんなちょっぴりレトロな眺めに包まれて私は一つ目の停車駅である手原に降り立ち、父親を送るような気持ちでこの列車の赤いテールランプを見送った。

つづく・・・

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